名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)1224号 判決 1995年3月10日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
理由
一 当事者
請求原因第1項(当事者)のうち、(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いはない。また、同項(三)の事実のうち、被告安井が昭和六一年ころ原告の重要データの管理を一人で行つていたこと以外の事実も当事者間に争いがない。
二 事務引継ぎの不履行について
1 請求原因第2項(事務引継ぎの不履行)の(一)の事実のうち、被告安井が昭和六一年四月三日原告に対して退職届を提出したこと、翌四日に有給休暇届を提出したことは当事者間に争いがない。この争いがない事実に、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 原告の経理業務は、後記三1認定のとおり被告安井が作成したプログラムによつて、コンピューターで処理されていた。日常の業務は、被告安井の部下である他の従業員が行い、被告安井は、トラブルが生じたときに対応したり、プログラムを変更する必要があるときにプログラムを変更したりしていた。そのような場合に対応することができる原告の従業員は、被告安井のみであつた。
(二) 被告安井は、昭和六一年四月三日に、他の一一名の従業員とともに、原告に退職届を提出した。それに対し、原告代表者は、会社に止まるよう求めたが、被告安井ら一二名は、退職の意思を変えなかつた。被告安井は、その翌日(四日)、コンピューターの操作を担当していた部下の従業員に対し、分からないことはないかと尋ね、質問された事項についてはその従業員に教えた。そして、被告安井ら一二名は、同日、原告に有給休暇届を提出した。
(三) 同年四月一〇日、被告安井は、原告に出向き、二時間ほど滞在した後、私物を持ち帰つた。その際、被告安井は、コンピューターの操作を担当していた部下の従業員に対し、分からないことはないか尋ねた。被告安井は、同月五日以降は、右の同月一〇日を除いては、原告に出勤していない。
2 右1認定の事実からすると、被告安井は、原告を退職するに当たり、コンピューターの操作を担当していた部下の従業員に対し、分からないことはないかと尋ね、質問された事項について教えたほかは、コンピューターに関して特段の引継ぎを行わなかつたことが認められる。
しかしながら、原告においては、コンピューターに関する日常の業務は、被告安井の部下の従業員が行つていたのであるから、被告安井の退職により、直ちにコンピューターが使用不能になつたものと認めることはできない。
もつとも、コンピューターに重大なトラブルが生じた場合や、プログラムを変更する必要が生じた場合には、被告安井の部下の従業員では専門的知識がないため対応できない状態であつたものと認められるが、それは、原告が、そのような場合に対応できる従業員を被告安井以外に配置しておかなかつたことによるものであつて、そのような状況下においては、原告において後任として専門的知識を有する者を配置し、その者への引継ぎを求めたにもかかわらず、それを拒否したといつた特段の事情のない限り、専門的知識に基づいた処理に関する引継ぎを行わなかつたとしても事務引継ぎを怠つたとすることはできない。
3 《証拠略》によると、原告は、東海電子計算機センターに対し、別表2(支払明細書)記載の金員を支払つたこと、このうち、別表2(支払明細書)記載の1、2、3のうち五万六〇〇〇円、4のうち五万六〇〇〇円、5ないし8、9のうち一四万円、10のうち六万円の各支払は、東海電子計算機センターにおいて、原告のコンピューター・プログラムを解析して、トラブルに対処するなどした際の費用であることが認められるが、それは、右2で述べたとおり、被告安井が退職したにもかかわらず、原告が適切な後任者を配置しなかつたことによるものであつて、被告安井が事務引継ぎを怠つたことによるものとはいえない。
もつとも、《証拠略》によると、東海電子計算機センターにおいて、原告のコンピューター・プログラムを解析した際、プログラム仕様書が存在しなかつたため、これがある場合に比べてプログラムの解析に時間を要したことが認められるが、《証拠略》によると、プログラム仕様書がないとプログラムの解析が不可能になるというわけではないこと、不明な点があれば、被告安井に問い合せることもできたこと(現に東海電子計算機センターの担当者であつた大坪雅博は被告安井に尋ね、回答を得ている。)が認められるから、退職に際し、新たに仕様書を作成してそれを残さなかつたことをもつて、被告安井において事務引継ぎを怠つたとすることはできない。
なお、別表2(支払明細書)記載のその余の支払、すなわち、3のうち二〇万円、4のうち六万円、9のうち四万八〇〇〇円、10のうち一一万一〇〇〇円の各支払については、被告安井が事務引継ぎを行わなかつたために原告が右費用の支出を余儀なくされたと認めるに足りる証拠はない。
4 したがつて、事務引継ぎに関し被告安井が不法行為を行つたとすることはできない。また、被告英二において被告安井に不法行為を教唆したとすることもできない。
三 著作権侵害について
1 事実関係等
(一) 《証拠略》によると、次の事実が認められる。
<1> 被告安井は、昭和四五年九月ころ、三進製作所に入社し、昭和四六年初めころから、コンピューター関係の業務に従事した。当初は、売上げ等のデータを東海電子計算機センターへ持つて行き、同社のコンピューターにより処理させていたが、被告安井は、本を読んだり、東海電子計算機センターの従業員から教えを受けるなどして、コンピューター・プログラミングの知識を修得し、COBOL言語によつてコンピューター・プログラムを作成することができるようになつた。その後、被告安井は、三進製作所のために、売上げ及び仕入れの管理、在庫管理、手形の管理、給与計算、減価償却の計算等の事務を処理するためのプログラムを作成し、東海電子計算機センターのコンピューターを利用して、経理事務を行つていた。なお、被告安井は、三進製作所在職中の昭和四八年に第二種情報処理技術者試験に合格した。
<2> 被告安井は、昭和五一年四月に、コンピューターと経理事務を担当するということで、原告に入社したが、当時、原告にはコンピューターがなかつた。そこで、被告安井は、原告代表者に対し、外部のコンピューターを借りて使うよりも、コンピューターを購入して、それを利用することを勧め、ソフトウェアは、三進製作所在職中に作つたプログラムをもとに自分が作る旨述べたところ、原告代表者は、それを了承し、被告安井に、プログラムの作成を命じた。そして、同年八月に、原告は、コンピューター(NEACシステム一〇〇F)を、日本事務器株式会社から購入した。被告安井は、三進製作所在職中に作つたプログラムをもとに原告において事務処理に使用するプログラムを作成し、右コンピューターを利用して、経理事務を処理するようになつた。
<3> 被告安井は、右事務処理に当たり、手形の管理、給与計算等のどの会社でも共通するものについては、三進製作所在職中に作つたプログラムをそれほど手直しすることなく利用することができた。しかし、売上げ、仕入れ、在庫等の業務については、原告が木材を扱つていることや輸入業務を行つていること等に伴い、三進製作所在職中に作つたプログラムを手直しして利用したものもあつた。被告安井は、他の従業員から原告の業務について説明を受け、それをもとに、プログラムを手直しした。
<4> 原告では、その後、二度、コンピューターの機種を変更した。コンピューターの機種を変更した場合などには、被告安井は、必要に応じてコンピューター・プログラムに修正を加えた。そして、被告安井は、原告を退社したときまでに、本件プログラム(FTJR03及びFTJ777を除く。)を完成しており、これらは、原告のコンピューター(NEC一〇〇/八五)のハードディスク内に保存されていた。
(二) なお、被告安井が、原告に勤務していた間に、本件プログラムのうちFTJR03及びFTJ777の二個のプログラムを作成したと認めるに足りる証拠はない。したがつて、被告安井がこれらのプログラムを原告の職務上作成することはあり得ず、また、被告安井において、これらのプログラムを複製したと認めることはできない。
2 右1において判示したところに基づき、本件プログラム(FTJR03及びFTJ777を除く。以下、同じ。)の著作権侵害に関する被告らの責任について判断する。
(一) 著作物性について
<1> 請求原因第3項(一)の<1>の事実のうち、本件プログラムが売掛金、買掛金及び在庫の管理等を行うためのコンピューター・プログラム合計一三七個であることは、当事者間に争いがない。
<2> 本件プログラムのうちDDTEGA、PPTEGA、SCR001ないし015の合計一七個のプログラム以外の個々のプログラムが法二条一項一〇号の二の「プログラム」に当たることも、当事者間に争いがない。
《証拠略》によると、本件プログラムのうちDDTEGA、PPTEGAの各プログラムは、手形のサイト計算のためのプログラムであつて、手形の振出日と支払日の間の日数を計算し、その結果を得ることができるものと認められるから、法二条一項一〇号の二の「プログラム」に当たる。
また、《証拠略》によると、本件プログラムのうち、SCR001ないし015の合計一五個のプログラムは、別表3の下段記載の各プログラムによつて業務を処理する際に画面に表示する内容を指示するためのプログラムであることが認められ、少なくとも、別表3の下段記載の各プログラムと一体となつて一の結果を得ることができるから、別表3の下段記載の各プログラムと一体となつて法二条一項一〇号の二の「プログラム」に当たるものということができる。
弁論の全趣旨によると、本件プログラムの個々のプログラムは、同じデータを用いるなどしているものがあることが認められるが、別表1記載のとおり、異なる業務を処理するためのプログラムであり、本件プログラム全体が、一体として法二条一項一〇号の二の「プログラム」に当たるとすることはできない。
<3> 右1で認定したとおり、本件プログラムは、被告安井が、原告に勤務していた間に、三進製作所に勤務していたときに作成したプログラム(三進プログラム)をもとに作成したもので、被告安井が原告に勤務していた間に付け加えた部分に創作性があれば、被告安井は、原告に勤務していた間に、二次的著作物として本件プログラムを作成したということができる。
そこで、被告安井が原告に勤務していた間に付け加えた部分が問題となるが、これについては、右1認定のとおり、売上げ、仕入れ、在庫等の業務を扱うプログラムについては、原告が木材を扱つていることや輸入業務を行つていること等に伴う変更を加えたことが認められる。《証拠略》によると、これは、具体的には、例えば、材積や船名といつた項目を設け、それを表示することができるようにしたことや金額、品名等を表示する際の桁数を変更するなどしたことであると認められる。そして、これらの変更によつて、プログラムは、原告の業務に適合し、それを合理的に処理することができるものとなり、原告は、その業務処理のために長年にわたつてこれを使用してきたのであるから、変更した点に創作性を認めることができ、本件プログラムのうち、少なくとも一部のプログラムについては、被告安井が原告に勤務していた間に作成した二次的著作物であるということができる。
しかしながら、本件においては、本件プログラム中、被告安井が原告に勤務していた間に行つた改変により二次的著作物になつたと認められるプログラムがどれか、また、そのうち、どの部分が修正付加された部分であるか、さらに、被告安井が新たに作成したプログラムがあるか、あるとすればどれかを明らかにする証拠はない。
なお、被告は、コンピューター・プログラムの著作物としての特殊性から、平均的プログラマーが容易に作成することができるものは、創作性を欠くと主張する(被告らの主張2)が、コンピューター・プログラムについての創作性を、このように限定的に解すべき合理的根拠はなく、本件プログラムが平均的プログラマーであれば容易に作成することができるとしても、創作性を欠くとすることはできない。
そこで、以下、本件プログラムのうち被告安井が原告に勤務していた間に作成した二次的著作物と認められるものについて、著作権者、侵害行為等につき判断する(以下、この二次的著作物(新たに作成されたものがある場合にはそれを含む。)を「本件二次プログラム」という。)。
(二) 著作権者について
<1> 右1認定の事実からすると、本件二次プログラムは、被告安井の提案を原告代表者が受け入れて、原告の業務に使用するために作成を命じ、被告安井がそれを受けて作成したものと認められ、使用者である原告の発意に基づき、原告の業務に従事する者が職務上作成したものと認められる。なお、証拠(被告安井本人)及び弁論の全趣旨によると、被告安井は勤務時間外にも本件二次プログラムの作成作業を行つたこと及び原告は被告安井に対してプログラムの開発研究費やプログラム開発に関する特段の手当の支給をしていないことが認められるが、そのことは、右認定を左右するものではない。
<2> 本件二次プログラムは、右1認定のとおりもっぱら原告の経理事務のために作成されたもので、公表を予定したものではない。
しかし、本件二次プログラムのうち昭和六一年一月一日より前に作成されたものについては、旧法一五条が適用されるが、旧法一五条は、公表を予定しない著作物であつても、仮に公表するとすれば法人の名義で公表されるべきものについては、同条が適用されるものと解することができる。
しかるところ、右<1>のような本件二次プログラム作成の経緯からすると、本件二次プログラムは、仮に公表するとすれば、原告の名義で公表されるべき性質のものということができる。なお、《証拠略》によると、本件二次プログラムには、「AUTHOR.T YASUI.」という記載があることが認められるが、前示のような作成経過からすると、そのような表記があることをもつて、本件二次プログラムが被告安井の名義で公表されるべきものであるとすることはできない。
本件二次プログラムのうち、昭和六一年一月一日以降に作成されたものがあれば、現行の法一五条が適用され、誰の名義で公表するかは問題とならない。
<3> 被告らは、被告安井と原告は、被告安井が本件二次プログラムを作成した際、その著作権者を被告安井とする旨黙示的に合意したとの主張をする(被告らの主張3(四))が、そのような黙示的な合意が成立したとすべき事情は、本件全証拠によるも認められない。被告らは、被告らの主張3(四)<1>ないし<7>の事情があると主張するが、それらの事情が認められるとしても、それによつて黙示的な合意があつたものと認めることはできない。
<4> よつて、本件二次プログラムの著作権者は、原告と認められる。
(三) 著作権侵害行為について
<1> 《証拠略》によると、被告会社は、別表4の中段記載の各プログラムが記録されたハードディスクを被告会社のコンピューターに設置していたこと、これらのプログラムと別表1記載の各プログラムのうち同じ機能を有する別表4の下段記載の各プログラムとを対比したところ、次のイないしヘに記載した点において一部異なるものの、それ以外の部分はほぼ同じであること及び別表4の中段記載の各プログラム(次のイないしヘ記載の当時のもの)のリビジョン番号(各プログラムが有する番号で、プログラムを修正する度に数字が増える。)は、別表4の下段記載の各プログラム(次のイないしヘ記載の当時のもの)の番号と比べた場合、次のとおり、同じか二又は四を加えたものであることが認められる。
イ TTA001(昭和六一年九月一七日当時のもの)が、FTA001(昭和六三年三月一九日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、リビジョン番号は同じである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
プリンターに漢字で印字することができる。
運賃支払方法の先払、元払を、文字を打つことなく、数字を選択することによつて入力することができる。
支払条件欄に1を入力すると、ゲンキンと表示する。
金利の率が異なつている。
一部の商品について処理する部分がない。
ロ TTB001(昭和六一年四月二四日当時のもの)が、FTB001(昭和六三年三月一九日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、TTB001のリビジョン番号は、FTB001の番号に四を加えたものである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
プリンターに漢字で印字することができる。
入金、支払された金員が戻された場合、金額自体をマイナス表示にしている。
系列会社について処理する部分がない。
ハ TTB004(昭和六三年三月八日当時のもの)が、FTB004(昭和六三年三月二三日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、TTB004のリビジョン番号は、FTB004の番号に二を加えたものである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
原告で使用していた部門名が削除されている。
二 TTB012(昭和六三年三月八日当時のもの)が、FTB012(昭和六三年三月二三日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、TTB012のリビジョン番号は、FTB012の番号に二を加えたものである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
系列会社について処理する部分がない。
小計を打ち出す処理をやめた部分がある。
ホ TTE001(昭和六三年三月八日当時のもの)が、FTE001(昭和六三年三月二三日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、TTE001のリビジョン番号は、FTE001の番号に二を加えたものである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
ヘ TTE006(昭和六三年三月八日当時のもの)が、FTE006(昭和六三年三月二三日当時のもの)と異なつている主な点は、次のとおりであり、TTE006のリビジョン番号は、FTE006の番号に二を加えたものである。
プログラム名、作成日、使用するファイル名が異なつている。
仕入れ時の一覧表を作成することができる。
プリンターに漢字で印字することができる。
<2> 《証拠略》によると、別表4の中段と下段記載の各プログラムを対比したところ、次の事実が認められる。
イ FTA001、FTB001、FTB004、FTE006には、段落名を付けながらプログラム中のどこからも呼ばれていない無意味な段落名が存するが、TTA001、TTB001、TTB004、TTE006にも、同じ名称のプログラム中のどこからも呼ばれていない無意味な段落名が存する。
ロ TTB004とFTB004、TTB012とFTB012、TTE001とFTE001をそれぞれ対比すると、文法的には一個でよい文字と文字の間の空白が二個空いている部分が一致している。
ハ FTA001、FTE001には、定義されているがプログラム中で使用されていないデータ名が存するが、TTA001、TTE001にも、同じ名称の定義されているがプログラム中で使用されていないデータ名が存する。
<3> 《証拠略》によると、被告会社が日本事務器株式会社からコンピューター(NEC一〇〇/八五)の引渡しを受けたのは、昭和六一年四月二二日であるが、その二日後の四月二四日午前九時二一分には、右TTB001のプログラムが、右コンピューターから打ち出されていたことが認められる。
<4> 右<1>、<2>で認定した事実からすると、別表4の中段と下段記載の各プログラムは、その内容が酷似しているばかりか、普通であれば同じであるはずがない非合理的な部分までも同じであるということができる。また、リビジョン番号も右認定のとおりであるところ、《証拠略》によると、これは、電子的に複写すれば同じ番号になり、その後修正するたびに番号が増えていくものと認められる。そして、これらの事実に、電子的に複写すればキーボードから入力して同じものを作るよりもはるかに早く複写することができること、右<3>認定のとおり被告会社がコンピューターの引渡しを受けた二日後には別表4の中段記載のプログラムの一つが右コンピューターから打ち出されていたこと及び被告安井は、別表4の下段記載の各プログラムの作成者であり、原告においてコンピューター部門を担当していたことから、これらのプログラムを原告のコンピューターのハードディスクからフロッピーディスクに容易に複写し得る立場にあつたことを併せ考慮すると、被告安井は、原告を退社するまでの間に、原告に無断で、原告事務所内に設置されていたコンピューター(NEC一〇〇/八五)を利用して、別表4の下段記載の各プログラムをフロッピーディスクに複写したこと、その後、そのフロッピーディスクを用いて、被告会社のコンピューターのハードディスクに複写し、被告会社用に修正したこと、以上の事実を推認することができる(被告安井本人は、自分が所持していたプログラムのコーディング用紙を参考にして別表4の中段記載の各プログラムを作成した旨供述するが、右供述は、信用することができない。)。
また、本件プログラム中、別表4の下段記載の各プログラム以外のものについても、別表4の下段記載の各プログラムと同様に、被告安井が作成したもので、別表4の下段記載の各プログラムとともに原告において使用されていたのであるから、被告安井において別表4の下段記載の各プログラム以外は複写しなかつたとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠がない本件においては、被告安井は、本件プログラムのうち別表4の下段記載の各プログラム以外のものも、原告事務所内において、同所に設置されていたコンピューター(NEC一〇〇/八五)を利用して、ハードディスクからフロッピーディスクに複写したものと推認することができる。
<5> 被告らは、原告は、被告安井が原告に在職していたころ、被告安井に対し、本件プログラムの複製を行うことにつき黙示の承諾を与えていた旨主張する(被告らの主張4)ので、次に判断する。
被告会社は、右<1>ないし<4>判示のとおり、別表4の中段の六個のプログラムの複製物(ハードディスク)を有していたと認められるところ、《証拠略》によると、別表4の中段の六個のプログラムのうちTTE012は、プログラムを改変途中で、昭和六三年三月八日当時のプログラムのままでは使用できなかつたことが認められる。しかし、《証拠略》によると、他の五個のプログラムについては、被告会社においてその業務上使用していたものと認められる。また、右<4>で判示したとおり、被告安井は、別表4の下段の六個のプログラム以外の本件プログラムも、複写したと推認することができること、これらのプログラムは、原告と同種の業務を行つていた被告においても役立つものであつたと認められること及び右の五個のプログラムを現に被告会社においてその業務に使用していたことからすると、被告会社は、別表4の中段の六個のプログラム以外にも、本件プログラムを複製したもの、あるいはそれを改変したものをその業務に使用していたものと推認することができる(だたし、本件プログラムのうち、右の六個以外にどのプログラムを使用していたかは明らかではない。)。
そして、右<4>認定の複製行為の後、右のとおりプログラムが修正され、被告会社においてその業務に使用されていることからすると、右<4>認定の複製行為の目的は、フロッピーディスクを持ち出して被告会社において使用することであつたものと認められるが、原告が、被告安井に対し、そのような目的での複製について黙示的な承諾を与えていたとすべき事情は、本件全証拠によるもこれを認めることはできない(被告らは、被告らの主張3(四)<1>ないし<7>の事情があると主張するが、これらの事情が認められるとしても、黙示的な承諾があつたものとすることはできない。)。
<6> したがつて、右<4>認定の複製行為は、本件二次プログラムについての原告の著作権を侵害するものであるということができる。
(四) 私的使用のための複製及び公正な使用(被告らの主張5及び6)
右(三)<4>認定の複製行為の目的は、右(三)<5>で認定したとおりであり、法三〇条にいう私的使用のための複製に当たらないことは明らかである。また、被告らが主張するような公正な使用なるものが認められるかどうかはともかく、それが認められるとしても、右(三)<5>認定の複製行為の目的からすると、右(三)<4>認定の複製行為が許容されるものでないことは明らかである。
(五) 被告英二及び被告会社の責任について
被告英二が、被告安井と共謀の上、右(三)<4>認定の複製行為をさせたことを認めるに足りる証拠はない。
被告会社は、右(三)認定のとおり、被告安井の違法な複製行為によつて作成された複製物によりハードディスク内に作成された本件二次プログラム(その一部)の複製物を、その業務に使用していたことが認められる(本件二次プログラムが被告会社における修正によつて別個のプログラムになつたと認めるに足りる証拠はない。)。そして、《証拠略》によると、被告安井は、被告会社において、経理及びコンピューター部門を任されていたことが認められるところ、右ハードディスク内のプログラムは、被告安井が違法に作成した複製物によつて複製されたものであり、その際、被告安井において、その事情を知つていたことは明らかであるから、被告会社がこれを使用する行為は、法一一三条二項により、著作権を侵害する行為とみなされる。
3 損害について
原告は、本件プログラムの使用許諾料相当額が損害である旨主張するが、本件においては、右2(一)<3>において判示したように、本件プログラムのうち、原告がどのプログラムについて二次的著作権を有するか、二次的著作権を有するものについてどの部分にどの程度の新たな創作性があるかは明らかではない(一次的著作物として新たに作成されたものがあるとしてもそれも特定できない。)。
そうすると、本件プログラムについて、原告の主張するように一括して使用許諾料相当額を認定することはできない。また、仮に、個々のプログラムについて使用許諾料相当額を認定することができたとしても、本件のように二次的著作物の権利者が原著作物につき複製権を有することを認めることのできない場合には、その二次的著作物の使用許諾料相当額が直ちに二次的著作物の権利者において被つた損害額であるとすることはできないから、本件においては、その点においても、損害額を認定することができないことになる。
さらに、原告は、本件プログラムの使用許諾料を新たな開発費用を根拠に算定すべき旨主張するが、開発費用全額あるいはその半分というような算定方法で本件プログラムにつき権利者が通常受けるべき金銭の額を算定することに合理性があるとすることはできない。
したがつて、本件においては、被告安井及び被告会社に著作権侵害行為があつたとはいえるが、それによる損害については、証明がないといわざるを得ない。
4 結論
以上の次第で、著作権侵害による不法行為については、その立証があつたとすることはできない。
四 弁護士費用の損害
以上判示したように、本件においては、事務引継ぎ義務違反の不法行為が成立せず、また、著作権侵害の不法行為の成立要件の立証があつたとすることができないので、本件訴えのための弁護士費用についても、これを不法行為による損害と認めることはできない。
五 総括
よつて、本件請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森 義之 裁判官 田沢 剛)